タトリンの「白い鳥」と戦争─スラブ民話においての役割─

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ウラディミール・タトリン

『「イワン・スサーニ」の舞台装置のスケッチ』 油彩  55×99㎝  1912-14  個人蔵

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 ウラディミール・タトリンは、ロシア帝国出身の画家、彫刻家、建築家、デザイナー、舞台美術家である。

彼自身の経歴についてはこの記事では書かない。

また、「スケッチ」というタイトルの作品ではあるが、「イワン・スサーニ」というキーワードを調べても情報が得られなかったので、これが本当にその場所のスケッチなのかは確かめようがなかった。舞台装置についても、私の知っているロシアの劇場の内装とは大きく異なっているので、どの部分が何という名称の装置なのかは、はっきりいってわからない。申し訳ないが、いつも通り私自身の解釈を思い付くままに述べることにする。

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 舞台上から垂れ下がる暖色のカーテンは、輪郭線のはっきりした花模様。ロシアの花模様は、ヨーロッパなどの他の地域と比べて大ぶりで特徴的だと思う。

私はこの絵を初めて見たとき、サクラクレパスの箱を連想した。

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左下に並ぶ女性兵士に気がつかなかったから。

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共通点といえば、全体的な色使いと、赤い花が描かれている点だけではないかと思われるかもしれない。ただ、この連想は私の誤解からきている。

 

 

 もう一度、画面から少し離れて絵を見て頂きたい。そうすると、垂れ幕(?)に散らばる白い花が、白い鳥に見えてこないだろうか。

サクラクレパスの箱の中央にも白い鳥が描かれている。ここに私はつながりを見出だしたのだと思う。

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 白い鳥と聞くとおそらく、日本の昔話『鶴の恩返し』に出てくる鶴のように、純粋潔白だというイメージが思い浮かぶだろう。

また、旧約聖書の「ノアの方舟」で、オリーブの若葉をくわえた鳩が大洪水の終わりを告げたため、とくにヨーロッパ圏では、「白い鳥」は平和や幸運のシンボルとして描かれることが多い。

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 しかし面白いことに、ロシアの民話や絵本に表れる白い鳥は、他の地域のそれと異なる役割を担っている。

 

・『マーシャと白い鳥』

マーシャと白い鳥 (世界のお話傑作選)

マーシャと白い鳥 (世界のお話傑作選)

 

・『イワーシェチカと白い鳥』

イワーシェチカと白い鳥 (ランドセルブックス)

イワーシェチカと白い鳥 (ランドセルブックス)

 

・『ババヤガーのしろいとり』

ババヤガーのしろいとり

ババヤガーのしろいとり

 

・『マーシャとババヤガーのおおきなとり』

 

マーシャとババヤガーのおおきなとり―ロシアの昔話より

マーシャとババヤガーのおおきなとり―ロシアの昔話より

 

 

以上の作品はどれも、ロシアで古くから伝わる昔話をもとにしている。

 

細部は違えどその内容は、ババヤガーの手下の「白い鳥」がこどもをさらい、主人公がそれを救出しようとする、という構成になっている。

(※ ババヤガー とは


f:id:memento0mori0:20190526112608j:image絵:イヴァン・ビリビン

 

バーバ・ヤーガ(Ба́ба-Яга́)という、スラヴ民話に登場する妖婆のこと。

日本における山姥・鬼婆と同じ立ち位置で、各種の民話に登場する。)

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また、「鵞鳥白鳥(がちょうはくちょう)」というロシア民話では、鵞鳥とも「白鳥」ともつかない空想の鳥が主人公の弟をさらう。

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 つまり、ロシアにおいて「白い鳥」は、

恐怖・悪・脅威を意味すると推測される。

 

 


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 タトリンの絵に戻ろう。

 

画面左下には、赤い制服に身を包み銃を構える女性兵士。背を反らせ胸をはり、威厳に満ち溢れている。画面右下には階段があるが、どこまで続いているのか。幕を飛ぶ「白い鳥」(実際には白い花であるが)は、闘わざるを得なかった兵士たちの、心の奥底に隠した恐怖心、または尊い命を弄ぶ戦争の脅威を示しているのではあるまいか。幕に描かれ、白と赤─資本主義と社会主義の色─で彩色された花は、熱い血を流して死んだ数多の兵士への献花か。

 

もしそうだとすると、この幕が上がったときに私達が目にするのは絢爛豪華な演目ではなく、咆哮と銃声とが響く荒れ果てた土地、幽霊のようにさ迷う負傷者、血を流し死にゆく人々、天上へと延びる階段ではないだろうか。

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タトリンの絵のなかで勇ましく立つ兵士、彼女らのように、第一次世界大戦を戦った女性がいた。

 

 1917年の2月革命後、臨時政府は、厭戦気分の広がるロシア兵士の士気を高めようと躍起になり、女性大隊「死の大隊」をつくった。男の兵士たちの軽侮にもかかわらず、実際には彼女らはたいていの男の兵士よりも勇敢に戦った。
 女性のみで編成されたロシア軍部隊は短命だったが、後世の女性観に影響を与え続けている。つまり、ロシア女性のもつたくましい精神に目を開かせたのである。

 1917年夏に、いくつかの部隊が正式に編成され、実戦に参加し、大きな犠牲を出したにもかかわらず、信じ難い勇敢さを示した。

 

  一人の女性として戦ったマリア・ボチカリョワは、インタビュー記者に対してこう遺している。
f:id:memento0mori0:20190526120418j:image「我々は戦い、死ぬのみ」

 1917年6月、ロシア最初の、女性のみで編成された「死の大隊」がサンクトペテルブルク(当時はペトログラード)から最前線に向かった。彼女らの軍服の袖には、恐れを知らず死へ挑む印「トーテンコップ」(髑髏)が付けられていた。

 

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 しかし前線の軍隊では、女性新兵たちは、軽蔑をもって迎えられ、男性兵士から「売春婦」と嘲笑された、と歴史家スヴェトラーナ・ソンツェワは言う。臨時政府の軍司令官アントン・デニーキンも、「女性にもっと似合う奉仕の仕方がほかにたくさんある」と述べたが、戦って国を守ることを決意した女性たちを止めることはできなかった。1917年10月までに、ロシアには6つの女性大隊がつくられたが、マリアのそれだけが実戦に参加する機会を得た。

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 祖国のため、あるいは自分の信条を守るために戦った女性が、男性がいた。いや、いる。今この瞬間も、地球上のあらゆる土地で命を落としている人が。暴力に晒されることに慣れた人々、高齢者、大人、そしてとりわけ子どもたちは、盾として「使われ」、消えない傷を負わされ、心身ともに破壊されて生命を奪われる。

 

 イラクとシリア、子どもたちは狙撃兵の的として包囲された地域に閉じ込められ、集中砲火と暴力の中で暮らした。2017年の一年間だけで700人近くの子どもが殺された。

 中央アフリカ共和国、再熱した紛争により暴力が急増。子どもたちは殺され、強姦され、拉致され、武装勢力に徴兵・徴用された。

 

 性別も年齢も関係ない、駒のように扱われる命は、何のために生まれてきたのだろう。

綺麗事では問題が解決しないという意見がある。たしかに、「戦争反対」を唱えられるのは、今の日本が比較的平和であるからだ。地域は違えど、当時戦ったそれぞれの国の国民にとっては、戦うこと、または彼/彼女らを兵士として送り出すことが唯一の手段であり、わずかな希望のためにできることをしたのだろう。逃げることは甘えとされていたから。どれだけの祈りが捧げられたことだろう。

 

 2019年の今、私はこの場所で、居心地のいい幸福な暮らしに罪悪感をおぼえつつも、いくらでも同じことを吐き続ける。戦争は嫌だ。罪のない人々が為す術もなく殺されている事実を知りたくない、だが知らなくてはならない。目を逸らさない、それが唯一できることだ。

 

 

 初めてサクラクレパスの箱を開いたとき、目にとびこんできたのは、ぴったり長方形に収まった、あまりにもきれいな円筒の規則正しい列だった。

そのうち、クレパスは、お気に入りのものは ちび、使う機会の少ないものは元の状態を保ち、グラデーションを気にせず箱に戻すせいでちぐはぐになってしまったけれど、一旦箱から出してばらばらにしたものなのに、一つの箱に納まると同時に不思議な一体感が感じられた。背の高さの違う円筒の先を横に横に結んでいくと、そこにうみへび座のような星座ができるように思えた。

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 民族問題はそう簡単にはいかない。クレパスの原料は基本的に同じで、色を加える過程でやっと違いが生まれるが、人類に関してはそうはいえないからだ。

 一つのものが分裂し、ほかのものと混ぜられ、一つのまとまりに集められると、必ずといっていいほど衝突が起こる。それを防ぐためには不干渉を貫くことが求められたりし、実際に世界各地で土地の住み分けがされている。

 

だが、世界は変わりつつある。移民が増え、グローバル化ということばが世の中に浸透したいま、異なるものを排除するのではなく、お互いを知ろうとする努力が必要である。

 

 クレヨンの例を挙げた。この地球が大きな箱だとして、全体として一つの調和を成すような、そんな世界になることを心から願う。

 

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参考文献

 

https://jp.rbth.com/history/79836-naze-roshia-josei-wa-tatakatta-ka-daiichiji-sekai-taisen-de-shi-no-daitai-wo-hensei

https://www.unicef.or.jp/news/2017/0281.html